介護予防・健康政策マネジメントの新潮流−社会環境や格差への着目New Tides of Long-Term Care Prevention and Health Policy Management: Focus on Social Environment and Disparity

日本福祉大学健康社会研究センター(Center for Well-being and Society,CWS)は,2012年8月4日(土)に、国際シンポジウム「介護予防・健康政策マネジメントの新潮流−社会環境や格差への着目」を開催しました. 数値目標を掲げた「健康日本21」が2010年度で終了し,次期国民健康づくり運動プランの検討過程で,見直しの方向として「社会環境の質の向上」と「健康格差の縮小」が示されました.介護予防でもまちづくりが注目され,日本が提案したWHO総会決議2012でも「健康や福祉の社会的決定要因」の重要性が指摘されています.その具体化とも言える「高齢者にやさしい街づくり (age friendly cities)」や“Urban HEART (Urban Health Equity Assessment and Response Tool,都市における健康の公平性評価ツール)”などの動きがWHO神戸センターで進められています. 本シンポジウムでは,ハーバード大学のカワチ教授,スブラマニアン教授,厚生労働省とWHO神戸センターの担当者をお招きして,日本における適用可能性や課題について考えました.

(10:10−11:05)
「社会環境と健康――これまでの研究動向」
SV Subramanian(Harvard School of Public Health, Professor)
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・健康の社会的決定要因:ジェイソンの例
・健康と社会的環境の研究の源流
・社会環境とは何を指すかという問いでは,社会階層,ジェンダーなど所属するグループという視点は重要であり,社会疫学では,これらを単なるの個人の属性ではなく,一つのグループとして捉える.マクロな視点では,たとえばアメリカの「州」は単なる地理的な違いだけでなく,制度などの面で様々な環境の違いを生み出す.社会環境のユニットをどこで区切るかは,重要であり争点ともなる問題である.
・健康格差に関する研究プロジェクト,マサチューセッツ大学の研究,シカゴ近郊で行われた人間開発プロジェクトの紹介
・システマティックな社会観察の一つの視点として,個人属性のみを問うセンサスでは得られないような社会環境による情報を得られることに意義がある.貧困が個人属性であるSESを越えて及ぼす影響について検討する.社会環境への介入研究として,貧困地域の居住者をそうでない地域へ移住させてみた.そうすると肥満や糖尿が減るなどの結果が得られた

(11:10−12:05)
「社会疫学の政策への応用の国際動向」
Ichiro Kawachi(Harvard School of Public Health, Professor) photo
・上流VS下流:たとえば肥満率では,下流に着目すると個人の食事や運動,遺伝子などがある.上流に目を向けると,歩きやすい環境があるかどうかなどの建造環境といったものがある.社会疫学ではそのような上流を対象とする.建造環境からさらに上流へあがると交通政策や都市計画といったことも視野に入ってくる.
・アメリカとイギリスの国際比較研究:交通手段の違いを例に,アメリカの自動車依存,イギリスは自動車利用もある一方,バス利用者がアメリカよりも多いなどの国の上流政策の差を紹介.
・WHOによる報告:就学前の集中的介入に関する2つの介入研究では,早期の教育介入はのちの学業成績や経済状態を良くし,介入群で非喫煙者が多く,肥満は少ない.
・4つのコア概念:神経学・発達心理学・経済学からの概念紹介.
・米国と日本の失業パターンから,21世紀の労働者の健康を確保するためには,非正規労働者への差別(意識)の撤廃やワークライフバランスが重要.

(12:10−13:10)
昼休み

(13:10−13:30)
「健康政策の新たな展開―状況,目標,実施―」
松田亮三(立命館大学産業社会学部 教授/人間科学研究所所長) photo
・20世紀後半から社会・経済の変化と健康課題の多様化などが起こっており,現在の健康政策では,人口全体の健康と健康格差の縮小が最大の目標である.
・健康日本21では,達成された項目(40%)がある一方,達成されていない項目(40%)もある.
・第二次健康日本21の枠組みについて
・健康格差に関する指標については,健康寿命で代表してよいか,地域の単位や職業階層などの切り分けについてなどの課題がある.
・社会生活を営むために必要な機能の維持・向上に関する目標については,医療サービスに関する内容が含まれていない点や,「把握」「認知」に視点があたっているが,実際にどのように介入(対応)していくかを考えていくことの重要性などが指摘できる.
・計画においては,社会環境整備の具体的記述や,実施にあたりインセンティブをどうするかなどの課題があり,目標実現に向けた具体的施策の共有と取り組みが必要である.

(13:30−13:50)
「健康政策の新たな展開―状況,目標,実施―」「SDH(Social Determinants Health)に関する研究班の紹介」
尾島俊之(浜松医科大学健康社会医学講座 教授) photo
・NCDへの対策の重要性が高まっており,健康の社会的決定要因へのアプローチも欠かせない.ポストMBGなどにおいても,健康の社会的決定要因の重要性が着目されている.
・日本国内における健康の社会的決定要因に関連した格差への対応策を検討していく必要性や,海外に対して日本が発信していくことなどが必要とされている.
・健康の社会的決定要因について,日本の保険担当部局が関わることとして,子どもの健康と教育・つながりの強化・格差の縮小・地域の環境などが挙げられる.
・グローバルに考え,地域で取り組んでいくことが重要.

(13:50−14:10)
休憩

(14:10−14:30)
「なぜ,まちづくりによる介護予防を重視するのか」
大竹輝臣(厚生労働省老健局老人保健課介護保険データ分析室長) photo
・介護予防の成果と課題から,「まちづくり」が重要. ・介護予防が遅れている地域では,介護費用が高まるという相関がみられ,保険料基準額の開きに関しても,介護予防の取り組みが寄与していると考えられる. ・労働力人口が減少する中で,将来的に20兆円を超える介護費用はまかなえない.しかし2025年には現在の2倍必要となる医療・介護の人材を量・質ともにどう確保していくかが課題の一つである. ・要介護度の原因として廃用症候群の割合が大きい(特に軽度者では)ため,廃用予防を含む介護予防や自立支援が重要となってくる. ・要介護認定の結果を軽度化させるインセンティブがない.たとえば,自立に改善した方や,介護保険を使わなかった方へのインセンティブが必要だと考えられる. ・地域社会の変化に対応した施策が必要.都市部で独居,認知症者の増加などが見込まれ,ADLは自立していても買い物,家事,外出,生活管理,近隣とのつきあいが困難になる.これらに対し,既存の社会資源の活用や新たな社会資源の開発によって対応していく(ボランティア等)方策を検討する必要がある.

(14:30−14:50)
「Urban HEARTの紹介」
Amit Prasad(WHO神戸センター テクニカルオフィサー)  photo
・発展途上国では都市部において,4倍から5倍の健康格差がある.中でも,格差が段階的に拡大していることは注視すべき点である.
・これまでは健康格差に関するエビデンス提供が主であったが,今後は,格差をどのように発見し,それに対処するかを考える必要がある.その一つのツールがUrban HEARTである.
・Urban HEARTには二つの側面がある.一つは,健康格差を発見(視覚化)することである.もう一つは,健康格差に対する最適な実践のためのガイドを提供することである.
・Urban HAERTの運用には,ステップ1(包括的なチームの構築),ステップ2(アセスメント),ステップ3(ツール開発のデータ収集),の3段階がある.
・エビデンスの表現については,図表化など把握・理解しやすい仕掛けが必要である.レスポンスツールをいかに組み合わせるかということはUrban HEARTの一つの強みである.
・介入の決定については,予算の制約などがある中で,オプションに優先順位をつけることになる.また,介入後のモニタリングが重要.
・Urban HEARTは蓄積してきたエビデンスを社会に還元するための一つのツール.

(14:50−15:10)
「JAGES HEARTの到達点と課題」
近藤克則(日本福祉大学社会福祉学部 教授/健康社会研究センター長) photo
・JAGES HEARTはUrban HEARTの日本版(日本の高齢者版). ・Urban HEARTでは,先進国の高齢者領域でのデータがない.Urban HEARTの枠組みと,JAGESデータを活用し,先進国・高齢者版のプロトタイプの作成を試みたのがJAGES HEARTである. ・第2次健康日本21の主要上位項目に健康格差の縮小が位置付けられる.これまでの介護保険の総合的政策評価ベンチマーク・システム研究班が行ってきたこととリンクしている. ・うつや転倒,情緒的サポートの有無,スポーツの会への参加率などに地域間格差あることがJAGESプロジェクトにより明らかになった.これを地図上で「見える化」したものとしてWeb-GISがある.これは,誰でも見ることができ,活用できる可能性がある. ・JAGESプロジェクトデータの地域レベルでの分析の結果,前期高齢者に限ってもスポーツの会へ参加している高齢者は転倒しにくいなどの関係が明らかになった.JAGES HEART では,これらの関連の地域差を地図上で視覚的にわかりやすく表現. ・健康格差とその関連要因が「見える化」されることで,地域のヘルスプロモーションを実施しやすくなる.研究者だけでなく,自治体担当者など多様なステークホルダーがJAGES HEARTを活用し,政策や介入方法について検討することが可能になる. ・今後は,JAGES HEARTの効果が追跡できるようなツールに発展させたい.効果のあった方策となかった方策を,縦断調査することで,政策立案に活かすことができる.

(15:10−15:30)
休憩

(15:30−16:30)
総合討論
コーディネーター:尾島俊之(浜松医科大学健康社会医学講座 教授) photo

(16:30−16:40)
閉会のあいさつ
近藤克則 

 

開催概要
日時 2012年8月4日(土)10:00-16:40
会場:ウインクあいち(愛知県産業労働センター1102 会議室)

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